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「文章というものは、言いたいことを1つ1つつなぎ合わせて作るのではなく、『これを言ったら次はこれを言う』といった流れがあるんです。その流れが見えてくると、英文を読むのがずっとラクになってくるはずです」
J.R.R.トールキン(『指輪物語』)やローズマリ・サトクリフといった児童文学の大家や、神話・伝説・歴史に関する本を数多く訳してきた山本史郎さん。19世紀英文学を専門とする、東京大学大学院教授でもある。英文学の研究者から見た翻訳の世界や、効果的な英語の学習法などについてうかがった。 |


東大で教えるようになってから、教授に「この本を一緒に訳してみないか」と持ちかけられたのが、最初のきっかけです。32歳のときでした。『アンティゴネーの変貌』(ジョージ・スタイナー著/みすず書房)という文学評論の本で、内容はとても難しかったのを覚えています。その後、別の出版社から文学に関連した事典や児童文学の翻訳の依頼があり、それが今日まで続いている次第です。
学生時代は英文学を専攻していて、もともと翻訳には興味がありました。高校で英文解釈の勉強をする際、単に日本語に直すのではなく、翻訳を意識しながら書いていたりしたものです。本を読むのも好きで、海外の小説にかぎらず、夏目漱石や芥川龍之介など、日本の小説もよく読んでいました。本格的な文芸作品だけでなく、横溝正史や高木彬光など、大衆的な推理小説も好きでしたね。今でも、東野圭吾、法月倫太郎、有栖川有栖のものは新作が出たら必ず読みます。
とにかく雑多なことに興味があって、高校の漢文の授業も好きだったんです。今思えば、古典にせよ現代小説にせよ、日本語のいろいろな文体に触れることに興味があったんですね。その経験は今も生きていて、小説を訳すときに「ここは大げさなもったいぶった言い方で」と思うと、漢文調がしっくりきたりするんです。

出版社から依頼が来ることもあるし、自分で「この本を出してみてはどうか」と持っていくこともあります。ローズマリ・サトクリフの「アーサー王」のシリーズを出したとき、最初は2巻の予定だったのですが、私が3巻目を見つけてきて、無事3部作として出すことができた、ということがありました。そもそも最初の巻が企画される前にご相談をいただき、編集者の方と私は大いに乗り気でしたが、会社の一部からは「あまり売れないのでは」と期待されていなかったのです。でも予想外の反響で、あの本以来、日本でもサトクリフの人気に火が着いたように思います。
J.R.R.トールキンの『仔犬のローヴァーの冒険』も、私から出したいと思った本です。この本の原稿は本国イギリスでも長いこと図書館の棚に眠ったままでいて、トールキンの死後だいぶ経ってから出版されました。それをたまたま私がイギリスの本屋の店頭で見つけて、日本の出版社に持ち込んだというわけです。トールキンのようなよく知られた作家でも、まだ埋もれている作品があるのです。
これらは児童文学の作品ですが、20代、もしくはもっと年齢層が上の人が読んでもおもしろいものだと思います。物語と事典と両方訳していて、やりがいがあるのは、物語のほうですね。サトクリフやトールキンなど、やはり文章がいいですし、文体が凝っていてユーモアも感じられます。一方、事典などは、書き手の文体は生かしたほうがいいところもあるのですが、基本的にあまり主観を入れずに訳すもので、それがかえって難しいかもしれませんね。
難しいと言えば、伝記や歴史書の中には、18世紀や19世紀の古い英語が出てくることもあり、これがなかなか大変です。当時の船の描写が出てきても、どういうものかは実感としてはわからないことがあるし、ぴたりと当てはまる訳語もありません。仮にあったとしても、一般の読者にはわからない専門用語だったりします。そういうときにどううまく訳語を当てるかは、やはり翻訳家が工夫すべき点ですね。英文学の研究者でなければできないということはなく、普段から現代小説ばかりでなく古い英語にも触れるようにしていれば、次第に理解できることが増えてくると思います。

海外で”Annotated Anne of Green Gables”(注釈付き「赤毛のアン」)という本が出たのをきっかけに、日本でも完全版の翻訳を出してはどうか、という話が持ち上がりました。出版社からそれについての依頼があり、私が手がけることになったんです。以前から「赤毛のアン」、とくにその文章が好きで、訳してみたいなあというあこがれのような気持ちをいだいていたので、渡りに船でした。物語とは、誰が翻訳するかによって必然的に変わってくるものですが、以前の「赤毛のアン」の翻訳は、わかりにくいところやニュアンスを省略した、少女向けの小説といった色合いが強かったかもしれません。例えば、原作のアンはとても古めかしく大げさな物言いをする女の子なので、私の翻訳では、それをそのまま生かすようにしてみました。
また、私が今回特に意識したのは、アンを引き取ったマリラという女性の描き方です。以前の訳は、一貫して非常にきつい口調で話す女性になっていたのですが、私は原作のイメージからすると、もっと優しい調子があってもいいのではないかと感じました。確かに、最初は厳しい女性だったと思うのですが、アンと接するうちに内面的に成長し、人としてとても柔らかくなっていったのです。私はそれを日本語訳でも表現したいと思い、優しい言い方で話すマリラにしてみました。従来のイメージからすると違和感があったのか、「このマリラの話し方は優しすぎるんじゃないか」という声があったほどですが(笑)。このほか、「赤毛のアン」についてはいろいろと語りたいことがあり、毎月、翻訳を志す方向けに原書を読む会を開いています。
| 翻訳家を目指す人のために、英語の効果的な勉強法をお教えください。 |

これは私自身が実践していたことですが、英文をとにかく覚えるといいですよ。小説でも新聞記事でもなんでもいいんですが、10行くらい覚えるところを決めて、20分か30分くらい、じっと眺めるんです。覚えたと思ったら、それを声に出して言ってみたり、紙に書いてみたりします。
これを行うと、英語の文章の流れが理解できるんです。文章とは、言いたいことを表す文を1つ1つつなぎ合わせて作るものではなく、「これを言ったら次はこれを言う」という、流れのパターンのようなものがあるんです。文章を眺める20分か30分は、その流れをつかむための時間です。流れが見えてくると、10行覚えることもムリではありませんし、英文を読むのもずっとラクになってくるはずです。
日本語にするときも、英語の文章の流れをそのまま日本語に写すのではなく、日本語として自然な文章になるための工夫が必要ですね。英語に忠実に訳していると「窓の外を見た。それから下を見た」などという日本語を書いてしまいそうですが、日本語としては「窓から下を見た」で事足りるのです。私は、自然な日本語にするためには、原文のセンテンスの順番を入れ替えるくらいのことは当然のことだと思って訳しています。
| 文学や翻訳以外には、どのようなことにご興味があるのでしょうか。 |

私はコンピューターが趣味のようなもので、独学で覚えて、一時とても熱心にやっていました。言語学の世界では研究にコンピューターを使わなければならないこともあり、大学の講座で必要になったとき、私が必要なプログラムを自作し、UNIXのサーバーを立ち上げ、学生にその使い方やプログラミングを教えたりしていました。プログラムを作る作業というのはなかなかクリエイティブでおもしろく、朝起きた瞬間から寝る直前まで、「どこをどうすればうまくいくか」といったことをずっと考えていたりしたこともありました。
| 大学の仕事と翻訳をどのように両立させているのかお教えください。 |

大学で教えるということは、実は土日もないような、大変な仕事なんです。授業をする以外にいくつもの会議に出席しなければなりませんし、今後の大学の方針について考えたり、そのための調査を行って資料を作ったり、ということもあります。英文学が専門といっても、大学で教えていることと翻訳がそのまま関連しているわけではなく、翻訳についてはまた新たに時間を設けて取り組まなければなりません。
なかなかゆっくり翻訳にかける時間がないのがつらいところですが、今はサトクリフの次の作品を仕上げてしまいたいし、専門のディケンズの作品の翻訳も予定しています。トールキンやモンゴメリの英語について大学の授業で話したり、まとめて本にしようかとも……。いつか、英文学の超難しい古典的な小説を訳してみたいですね。
| 取材・編集協力: |
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1954年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業。大学4年次、イギリスに1年間留学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授、専攻はイギリス19世紀文学。主な訳書に『図説アーサー王物語』『絵物語ホビット―ゆきてかえりし物語』『図説ケルト神話物語』『仔犬のローヴァーの冒険』、サトクリフ・シリーズとして『アーサー王の円卓の騎士』『アーサー王と聖杯の物語』『アーサー王最後の戦い』『トロイアの黒い船団』『オデュッセイアの冒険』『剣の歌』『落日の剣』上・下(以上原書房)など。翻訳家志望者向けに翻訳のコツを語るメールマガジン「山本史郎の翻訳あれこれ」を執筆中。
http://www.mag2.com/m/0000174245.html |


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『自分で考えてみる哲学』
ブレンダン・ウィルソン 著、山本史郎 訳(東京大学出版会/2520円)
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