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Interview room

英語業界人に聞く vol.16

翻訳家 中村保男さん 写真

翻訳家 中村保男さん Translator: Yasuo Nakamura

『アウトサイダー』をはじめとするコリン・ウィルソンの代表作のほか、ミステリやSFなどベストセラー書を多数手がけてきた中村保男さん。編さんした辞書『英和翻訳表現辞典』は、翻訳家の必携書となっている。そんな中村さんに、最新作『コリン・ウィルソンのすべて』や、翻訳家としての心がまえなどをうかがった。


どのように翻訳家になったのですか?

高校生の頃から英語の本を原書で読んでいたのですが、浪人時代、ヘミングウェイにかぶれ、原書を読むだけでは満足せず、自分で翻訳してみなければ気がすまなくなりました。特に出版のあてもないまま、短編をいくつか訳していたのです。

辞書でいくら調べてもわからないところは既存の訳本を見たのですが、戦争直後のことで、まだぞんざいな訳をした本が数多く出回っている時代でした。図書館で誤訳だらけの本を見て憤慨したりしたものです。「これはなんとかしなくてはいけない。混乱している日本の翻訳書の質を、自分が高めていかなければ」と思ったのが、翻訳家を志したきっかけです。生活のため、ということもありましたが、翻訳を始めて約50年、この気持ちは忘れないようにしたいと思っています。

学生時代には、福田恆存先生に弟子入りしました。「シェイクスピア全集」の現代語訳を手がけ、評論、劇作など幅広い分野で活躍していた方です。1957年、コリン・ウィルソンの処女作『アウトサイダー』を福田先生と私の共訳で出しました。それ以来、コリン・ウィルソンの作品を数多く訳し、G・K・チェスタトンの「ブラウン神父」のシリーズも手がけました。

コリン・ウィルソンについて教えてください。

16歳で学校をやめ、ロンドンの大英図書館で独学していたという、一風変わった人物です。26歳のときに『アウトサイダー』を書いて一躍有名になりました。これは、ヘミングウェイ、サルトル、ドストエフスキー、ゴッホといった人物を通して社会の中の「アウトサイダー」(秩序の中にあることを拒否する人)について語った書です。宗教や心理学にも関心を持ち、1971年には『オカルト』という大著を出しています。訳していてわからないことがあるとメールで質問をしたりしましたが、きちんと返事をくれる人です。

そのウィルソンの新しい本が出るらしい、という話を聞き、出版者を通してアメリカから本になる前の原稿を取り寄せてみました。読んでみると彼の自伝で、これまでの集大成と新事実の合本とも呼べるような大著でした。「ぜひ日本に紹介したい」と思い、私が出版社に交渉して日本での発売にこぎつけたのが、新作『コリン・ウィルソンのすべて』です。

コリン・ウィルソンは、団塊の世代の人が読むといいと思います。子どもが大きくなり、ただがむしゃらに働くだけの日々を終えた人々が、ふと立ち止まって「人生とは何だろう」と考えるときに読んでみたくなる本だからです。私としては、彼の処女作を訳し、さらに本格的な自伝を訳す機会も得て、ひとつ大きな仕事をやり終えた気持ちです。

翻訳で工夫したところは?

冒頭に、「十六の歳に自殺を決意した」という話が出てくるのですが、コリン・ウィルソンはそれを「entirely logicalだった」としています。そのまま訳すと、「完全に論理的だった」となりますが、「自殺が完全に論理的」と言っては、どうも意味が通りません。そこで私は、「自殺は全く理に適ったことと思えた」と訳しました。

同じ個所に「emotional decision(感情的な決断)ではなかった」という表現も使われているのですが、私がこれをどう訳したか、ぜひ本をご覧になって参考にしてみてください。

英語はどのように身につけたのですか?

私には凝り性の面があり、中学生・高校生の頃、まさに英語に凝っていたのです。最初は基本的な文型の違いがわからずつまずいていたのですが、中学3年のとき、自分で教科書をすべて復習しました。ノートに教科書の英文を書き、すぐ下に意味や文法事項をびっしりと書き出しました。それを始めて3カ月くらいした頃、高校1年の教科書さえすらすら読めるようになっていました。

高校生になると、英字新聞「The Japan Times」を定期購読し、辞書を使わずに読めるようになることを目標としました。1日のうちに読む量を決め、それを読み終えるまではほかの勉強には手をつけないと決めていたので、学校の授業中に“内職”して読んでいたくらいです。

勉強のかいあって、だいぶ英字新聞は読めるようになったのですが、あるときアメリカ人と話していて、「君は新聞のようにしゃべるね」と言われたことがあります(笑)。よっぽど新聞の文体に染まってしまっていたのでしょう。

大学受験の頃には、よく単語カードを作っていました。最初は、例えばcultureという語の裏面に「文化、教養」という意味を書いておくのですが、それを覚えると、「栽培、培養」といった訳語も追加していくんです。1日10枚ずつくらい作っていって、しまいには机の引き出しが単語カードでいっぱいになっていました。

翻訳の勉強はどのようにしたのですか?

私は子どもの頃から「お手上げ」「さじを投げる」といった日本語独特の慣用表現が好きで、英語の基礎をひととおりマスターすると、日本語の慣用句に相当する英語はないのか、逆に英語のことわざに近い日本語はないのかと、一人で辞書で調べていたものです。こういう興味が私の翻訳の型を決め、私の翻訳観に大きく影響しているかもしれません。

今でも、テレビや新聞を見たり読んだりしているときに、「こういう言葉はこういう場合に使うのがいいのだな」と、たえず自分に言い聞かせて記憶の倉庫に叩き込もうとしています。こうすると、翻訳するときにすぐ適切な語が思い浮かぶようになるのです。翻訳とは、いわば2つの言語の接点を見出すこと。日本語の語彙や表現の歯車を絶えずフル回転させておき、もう一方の外国語の歯車の表現に合わせて、サッと最適な状態で合わせられるようにしなければならないのです。

編さんしている辞書について教えてください

元々、「辞書にない訳語」をメモしておく習慣があったのですが、それをまとめて辞典にしないかという話がありました。そうして約20年前に出たのが、『英和翻訳表現辞典』でした。次にその続編を出し、数年前、その2つをまとめた『新編 英和翻訳表現辞典』を完成させました。今度は、さらに長い間使えるような定訳を集めた『精選 英和翻訳表現辞典』を作ろうかと思っているところです。

私は、自分の辞典を「表現訳」を集めたものにしています。例えば、一般の辞書では以前にはsituationという語に対して、「敷地や建物の周囲の環境との関係における在り方」という意味が載っていたりしましたが、これは「定義」であって対応する日本語表現ではありません。そこで私はsituationのこの定義に、「立地条件」という表現訳を与えました。

また、一般の辞書にある意味とは違う訳をあてるとき、どのような日本語がいいかということも、この辞典でわかります。例えば、routineという語は通常「恒例の」といった意味ですが、ミステリ小説などで刑事が聞き込みをするとき、This is a routine inquiry.と言えば、相手が容疑者でも警戒させないために「これは通り一遍の調査です」と言っていることになるのです。こういった表現は普段から少しずつ集めているもので、毎日1つ、2つと、少しずつ浮かんでくるものを、書き留めることにしています。

翻訳していて、特に気をつけていることは?

直訳しすぎず、超意訳でもなく、「原文についていく」ということです。チェスタトンやアガサ・クリスティ、ドロシー・L・セイヤーズといった作家のリレー小説『漂う提督』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を訳したときのことですが、読んだ人に「中村さん、作者によって文体を変えていますね」と言われ、驚きました。自分ではまったく意識していなかったんです。これは、「原文についていく」ことに成功したいい例だと思います。原文に従っていると、訳文も自然に変わってくるんですね。

取材・編集協力: eigoTown.com

Profile
中村保男さん 写真

中村保男(なかむら やすお)

東京大学大学院修士課程修了。評論家・翻訳家の福田恆存に師事、コリン・ウィルソンの処女作『アウトサイダー』の共訳で知られるようになる。以来、『オカルト』(河出書房新社)、『賢者の石』(東京創元社)などコリン・ウィルソンの代表作を始め、ミステリやSF等の翻訳を50年以上手がけている。『新編 英和翻訳表現辞典』を編さん、『創造する翻訳―ことばの限界に挑む』(研究社)など、翻訳理論に関する著書も多い。


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コリン・ウィルソン 著、中村保男 訳(河出書房新社/定価各2940円)

コリン・ウィルソンのすべて 画像

『アウトサイダー』で一躍ベストセラー作家となったコリン・ウィルソンが、恵まれなかった少年時代や、作家になってからの著名人との交流、「オカルト」に目覚める過程などを赤裸々につづった自伝。中村さん自身が原稿を読んで「おもしろい」と確信、満を持して出版された自信作。

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