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「未来をいつも前向きに考えて、大きな夢と目標を持つこと……。『赤毛のアン』には、人生を幸福に生きていく秘けつが描かれていると思います」
カナダのプリンスエドワード島に暮らし、出会った人誰をも魅了する女の子の物語『赤毛のアン』。長い間少女小説として親しまれてきたが、実はこの本の中に、聖書やシェイクスピア、英米古典文学からの引用が多数含まれているとしたら……?『赤毛のアン』の新訳を出すにあたり、文学としての奥深さを引き出した作家の松本侑子さん。翻訳のエピソードや、英語とのかかわりなどについてうかがった。 |


発行元の集英社さんから、翻訳の依頼をいただいたんです。
『赤毛のアン』は10代の頃から読んでいて、好きな物語ではありましたが、なんとなく少女小説というイメージがあって、私自身が書いている大人の恋愛や現代女性の心情をつづる小説とは違う世界だという気がしていました。
最初はご依頼をお断りしようと思ったのですが、「そういえば、原書で読んだことはなかった」と思い出し、ペーパーバックを買って読み始めたところ、原文は少女小説でも児童文学でもなく、とても凝った優美な文体だったのでビックリしました。
何かの詩の一節や、古い芝居のような劇的でロマンチックなセリフを、アンが話していることも気になりました。これは古典文学からの引用ではないかと考え、「モンゴメリの書いた原文の深い魅力を、日本のみなさんにぜひ、あますところなく伝えたい」と、翻訳をお受けすることに決めました。

元の英文には、聖書やシェイクスピア、バイロンやワーズワースの詩の一節などが散りばめられています。この引用の意味を理解すると、登場人物たちの心情に、ぐっとよりそうことができます。
例えば、孤児アンが、農家グリーン・ゲイブルズに来たものの、本当は男の子が望まれていたと知って泣きながら眠った最初の夜は、a howling wilderness(風がびゅうびゅううなるような荒野)の気分だった、という表現がありますが、これは旧約聖書「申命記」第32章10節にあるthe waste howling wilderness(風うなる不毛の地)にちなんでいます。アンは悲しみのあまり、荒涼とした荒野に置きざりにされた気分だった、という意味なのです。
こういった引用の出典をできるかぎり調べようと、CD-ROM版のシェイクスピア全集や英訳聖書、英米文学全集を買い集めて、該当すると思われる文を探していきました。まだインターネットが普及する前のことです。
モンゴメリの原文を読んだだけでは引用かどうかはわかりません。ちょっと凝った言い回しなど「これは」と思われるものがあったら、その一節をさまざまなCD-ROMで検索していったんです。
もちろん、すぐに見つかるとはかぎりませんでした。CD-ROMだけでは見つからず、アメリカのハーバード大学の図書館やイギリスの英国図書館などに行って、原典も調べました。
そういった調査の結果は、本に訳注として載せるほかに、私のホームページの「赤毛のアンの電子図書館」にもまとめました。
今では、インターネットで引用元を調べると同時に、元の作品の英文をすべて読んで、モンゴメリがどのような意図をもってブラウニングの詩や「マザーグース」を引用したのかを、詳しく検証して考察できるようになりました。アンシリーズが、芸術的な深みと奧ゆきを持っていることに、いつも感動しています。

小学4年生のときから、中学生にまじって高校受験用の英語塾に通い、アメリカ人の先生による英会話レッスンに行っていました。
高校時代から『あしながおじさん』などの原書は読んでいたのですが、本格的に英語を学ぶようになったのは、大学に入ってからです。
入学してすぐに、ESSのディベート部に入りました。大学対抗でディベートの競技大会があり、放課後はもちろん、試合の前や夏休みには合宿もして英語づけでディベートの勉強をしました。こうした英語合宿は毎年2つか3つ、参加していました。この練習を通じて、論理的な英文を話す力、軍事問題や貿易摩擦など、専門的な英文を読み書きして論点をまとめ、わかりやすく人前で話す力などを、身につけたように思います。
作家になったあと、20代半ばからは、ここ16年ほど、英語学校の個人レッスンを週に2時間、続けています。また、自宅にいる日は、できるだけ毎日、NHKのラジオ英会話番組を聴くようにしています。
車に乗っているときは、同じくラジオの米軍放送(AFN)を聴いています。リスニングのためだけでなく、アメリカ的な発想や最新のニュースを知る点でも、この放送は興味深いですね。
あとは、実際に海外で話す場数を踏んだ経験もよかったと思います。
これまでに世界文学紀行の取材、アメリカへのプチ留学などで30回以上渡航して、合計で1年半くらい国外に滞在してきました。
最初はうまく話せなかったり、文法を間違えたことに話しながら気がついて恥ずかしい思いをしたり、相手の早口やスコットランドなまりがわからなくて本当に困ったこともありました。でも、場数を踏むことで、少しずつコツをつかんで、慣れてきたように思います。
語学の習得には地道な努力が必要ですが、私は特別に忍耐強いというわけではありません。学生時代からの長年の継続で、「継続は力なり」というように、少しずつですが進んでいるのだと思います。ですからみなさんも、少しずつ、無理なく、細く、長く続けられると、きっと成果があると思います。

小説の翻訳は、一文一文、語彙のさまざまな意味を考えて、最もふさわしい訳語を選んでいきます。この作業は、日本語で小説を書くときに、風景や情感をあらわす最適な表現、言葉づかいを考えだす作業と同じです。
また、翻訳をするときは、物語の背景となった時代、社会について詳しく調べますが、その調査を通じて、自分で小説を書くときも、登場人物たちが、どのような社会に暮らし、どんな背景をもっているのか、たとえ具体的に描かないとしても、意識し、自覚していなければならないと考えるようになりました。
『赤毛のアン』の場合は、19世紀ヴィクトリア朝の風習、新大陸カナダの社会、女性の暮らし、教育制度、当時の服装、長老派教会の教義、カナダ金融恐慌など、アンが生きた時代背景について、できるだけ詳しく調べました。それをもとに、巻末に註釈をつけましたので、読者のみなさんに、より楽しく、興味をもってお読みいただければと願っています。
「アン」のシリーズは、現在は第3巻『アンの愛情』900枚の第1稿が終わりましたので、これから小説の執筆と併行して、訳文も推敲して仕上げたいと思っています。
アンの物語で、いつも心打たれるのは、アンの人生に対する積極性です。
未来をいつも前向きに考えて、大きな夢と目標を持つこと。困難にもくじけずに努力して、人生を切り開いていく力強さ。まわりの人を愛し、愛される喜び……。『赤毛のアン』には、人生を幸福に生きていく秘けつが描かれていると思います。
| 取材・編集協力: |
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作家・翻訳家・日本ペンクラブ理事。1963年島根県出雲市生まれ。筑波大学社会学類卒業、政治学専攻。テレビ局勤務を経て、『巨食症の明けない夜明け』(集英社文庫)で第11回すばる文学賞受賞、執筆生活に入る。1993年、訳註つき全文訳『赤毛のアン』(集英社文庫)で脚光を浴びる。小説に『引き潮』(幻冬舎)、『光と祈りのメビウス』(ちくま文庫)など多数。 |


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『赤毛のアン』
L・M・モンゴメリ 著、松本侑子 訳(集英社文庫/定価840円)
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