



翻訳家を目指したことは一度もありません。子どものころからアメリカのマンガや雑誌が好きで、FEN(現AFN)もよく聞いていました。大学は英文科で、英語は得意だったので、教授から70年代のロックの記事の翻訳を頼まれたのがきっかけでした。
就職はまったく考えていなくて、卒業しても『Rolling Stone』といった音楽雑誌の翻訳などをして生活していました。当時欧米の文化を日本に紹介していた植草甚一さん、片岡義男さんらとの出会いも大きかったと思います。ジャズやミステリのおもしろさを教えてもらいました。ただし最初のころはやはり翻訳だけで食べていくのは難しく、自宅で塾を開いて英語を教えてみたり、いろいろな仕事をしていましたが。
そのうち翻訳権を扱う日本ユニ・エージェンシーから単行本の翻訳の仕事を紹介されるようになり、1973年にボブ・ディランの伝記を訳しました。それから翻訳家として年間5、6冊出すくらいの仕事が続いていったんです。多いのはミステリや犯罪小説ですが、実は今まで訳した本で一番売れたのは、映画にもなった『クレイマー、クレイマー』です。
*FEN:Far East Networkの略。極東にいる米軍のための英語放送のこと。現在は名称が変わり、AFN (American Forces Network)と呼ばれている。

「カッコの中に前置詞を入れなさい」といった勉強の仕方が苦手で、学校の成績はあまりよくなかったんです。でも、アメリカの文化にずっと接していて、とにかく英語の本や雑誌をよく読んでいましたね。当時ローリング・ストーンズが初来日するっていうんでさっそくチケットを買いに行って、でもコンサートが中止になってがっかりして・・・・・・なんていうこともありました(笑)。
翻訳家になってからは、片岡義男さんの訳した本を自分で訳し直したりして、文体や感性を盗むよう心がけていました。
当時はインターネットなんてありませんでしたから、資料になる洋書を求めて、よく神田神保町の古本屋街を歩いたりしたものです。大量に積まれている洋書をパラパラとめくり、裏表紙に書かれていることを読んで、どんな内容の本かパッと見極められるようになりました。本を探したり買ったりすることは、とてもいい勉強になったと思います。
| 『小林宏明のGUN講座』はどういうきっかけで書かれたのですか? |

アメリカのエンターテイメントには銃がつきものなので、私なら銃に詳しいだろうと思った友人が、「書いてみてはどうか」と勧めてくれたんです。私自身は銃マニアでも何でもないので、翻訳家が翻訳家にとって必要な知識をまとめたつもりなんですが。
ミステリや犯罪小説を翻訳するとき、銃にまつわる用語の訳はけっこう難しいんです。例えば12-gauge shotgunという語が出てきたとき、gaugeの訳語は「口径」でいいのか、単位はミリなのかインチなのか、といった常識も辞書を引いただけではわかりません。そこでこの本には、「a slide mounted safetyは『スライド式安全装置』でいいのでしょうか?」といった、翻訳現場からの疑問への答えも載せています。
この本以来、どうも銃の専門家のように思われてしまって(笑)、『世界の銃パーフェクトバイブル』(学研)という本を共著で出し、さらに今そのパート2の執筆にかかっているところです。

アメリカのミステリは、昔は書きなぐるようにできあがっていた完全な通俗エンターテイメントだったんですが、今は作家個人の体験や造詣などを反映させたものも多く、エンターテイメント性とどう折り合いをつけていくか、言葉選びも含めてよく考えるようにしています。
翻訳にはできるだけ多くの断片的な知識が必要ですが、どんなに増やしたつもりでも、まだまだ知らないことばかりです。例えば最近出した『悪魔の赤毛』(新潮文庫)に、貧しいメキシコ人の少女が結婚するときは裸足(barefoot)だ、とあり、直後にthe other half of barefootとたたみかけるセリフが出てくるんですが、なんのことか皆目見当がつきませんでした。友人から、barefoot and pregnant(妊娠)というフレーズがあるのを聞いて、初めて「裸足にもうひとつ付け足すことがあるだろ」と言っていることがわかったんです。 また、小説で反社会的な人格を指すpsychopath(サイコパス)という言葉に出会ったのはもう20年くらい前になりますが、今後日本でも関心が高まっていくはず、と思ったものです。実際に世情を先取りするようなかたちで10年前にノンフィクションものの『診断名サイコパス』(早川書房)を訳せたのはうれしかったですね。
| 取材・編集協力: |
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翻訳家。1946年東京都生まれ。明治大学英米文学科卒業。在学中から雑誌記事の翻訳などを手がけ、卒業後も翻訳の仕事を続ける。ミステリ、犯罪小説、ノンフィクション等、手がけた訳書は100冊以上。主な訳書に『LAコンフィデンシャル』(文春文庫)、『多重人格殺人者』(新潮文庫)、『キリング・フロアー』(講談社文庫)など。著書に『小林宏明のGUN講座』ほか。 |


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『悪魔の赤毛』
デイヴィッド・コーベット 著、小林宏明 訳(新潮文庫/定価980円)
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