



翻訳家になったのは成り行きです。今でも、税務署に申告するときの職業は「教師」で、翻訳家はあくまで副業。
僕たちの世代は、モラトリアム世代、シラケ世代とも言うんですが、そんなにすぐに就職しても仕方ない、という風潮で、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だったんです。景気も良かったですしね。当時、国立大学の授業料は年間3万円ぐらいと安かったので、学生でいれば学割で元取れたんですよ(笑)。
1年休学、1年自主落第して、結局学部に6年いて、その後、試験だけで入れるし、ということで大学院に入りました。
大学院に入ったら、もう道は学者しかないという空気で、「じゃあ、それでやっていくか」と、そのままズルズル来てます。
でも、いざ学者になってみると落ちこぼれで、困ったなあと思っているうちに、人づてで翻訳の仕事をしたり、書評を書いたりするようになったんです。そのうち、そっちの方が受けて。今でも、翻訳がメインにはなってないんですが、大学の仕事と同じくらい気合いは入ってます。

僕、勉強は割と得意だったんです(笑)。体育とか、図画工作は苦手でしたけど、紙と鉛筆と口先で済むものは得意で、その中でも英語は特に好きでした。
高校は都立日比谷高校で、いい英語の先生がたくさんいました。でも、幼い頃から*FENで英語を聞いたりはしてたけど、英語の能力の歪み方は、典型的な日本の受験生のものでしたね。
高校生のとき、電車の中でアメリカ人の旅行者が芸者さんか何かの写真を見て、「Is this a picture?」と尋ねてきたんです。
「これは絵なのか」と訊かれてるんだろうなあとは思ったんですが、でもpictureって写真っていう意味もあるしなあ、とか思ってどう答えていいかわからず、凍りつくという感じ。基本的には、ある程度は読める、ちょっと書ける、でも全然話せない、という典型的な日本人英語でした。
大学に入ると、帰国子女など英語を話せる人たちが周りにゴロゴロいて、「これじゃだめだ」と思ったんです。で、1年休んで、イギリスでも行けば、少しは話せるようになるかな、と、バイトをしてお金を貯め、1年間イギリスに滞在しました。
一番勉強になったのは、最初の3カ月ですね。日本人なんか見たことない、という田舎を旅行してると、ずっと英語だったので。
*FEN:Far East Networkの略。極東にいる米軍のための英語放送のこと。現在は名称が変わり、AFN (American Forces Network)と呼ばれている。

翻訳の「勉強」はしたことはありません。大学院でみっちり小説の精読をやらされたんで、それが結果的には翻訳の勉強にもなったと思いますけど。
こういう翻訳ができたらいいなあ、となんとなく憧れていたのは、藤本和子さんと村上春樹さん。藤本和子さんが訳したリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』を読んで、初めて翻訳本で文章自体が素晴らしいと思いました。今でも尊敬しています。
村上春樹さんの翻訳も、藤本さんの影響を受けていると思います。村上さん本人も言っていますし、読めば一目瞭然です。
そのうちに、人づてで村上さんの翻訳チェックの仕事をするようになったんですが、これはもう最高にラッキーでしたね。村上さんは日本語が達者だし、小説の空気をつかむ力も素晴らしいんですが、受験英語的な文法とかがちょっと怪しいんですよね(笑)。そういうのをチェックするのが僕の仕事です。で、チェックするわけだから、当然じっくり訳文を読む。それで、「ああ、こういうふうに訳せばいいのか」とかちゃっかり学習するわけ。お金をもらって、翻訳の勉強をさせてもらったようなものです。
| 翻訳にも色々分野がありますが、一般的に翻訳者に向いている人、というのはどういう人でしょうか? |

俺(私)だったらこう書く、とか作者と張りあっちゃう人は向かないと思います。そういう人は創作に向かった方がいいですね。翻訳に向いているのは、奴隷根性の持ち主。ひたすら主人に尽くす(笑)。とにかく作品への愛情は大事だから。あと、大づかみに全体を捉える能力よりも、細部をあれこれ考えるマメさの方が大事ですね。3個で200円のものが5個で300円だったらどれくらい得か、とか考えるのが苦じゃない人がいいと思う。

そこは難しいですね…。答えは毎日ころころ変わるんですけど、やっぱり「語学力」ですね、一番平凡なところに落ち着きましたが。昔は「愛情」だと思ったけど、語学力がなければ「ウソの愛情」ですね。
語学力というのは、いわゆる英文解釈が正しくできるかどうかだけじゃなくて、トーンが「正しく聞こえるかどうか」ということです。くだけた言い方とか、改まった言い方とか、普通の言い方、普通じゃない言い方を見分けられる力ですね。
例えば「I tell you.」という表現で、「だからさあ」と訳すのがふさわしい文脈で、「申し上げますが」と訳しちゃダメなわけです。そういうのは英語が「聞こえていない」わけ。
そういう感覚を身につけるには、できるだけ量を読むしかないですね。あと、1カ月でいいから、英語圏に暮らした方がいいですね。「こういう時にはこう言うのか」という感覚が、少しでも暮らせば違ってくると思うんです。
日本にいても、映画が好きなら、「こういう言い方は、ああいう顔して言うのか」とか「表情を聞く力」を映画から身につけることもできるでしょうね。後はたくさん読み、いかに愛情を持って表現するかですね。
よく「翻訳は日本語力ですよね」という人がいますが、そう言われると「冗談じゃないよ」と言いたくなる。やはり「語学力」が大事だと思います。
| アメリカ文学の翻訳を主に多くなさっていますが、もともとその分野に興味を持っていらっしゃったのでしょうか? |

いえ、全然。英文科に進学して、大橋健三郎先生という素晴らしい先生がいらしたのがきっかけです。そうじゃなきゃ全然違うことやっていたかも。でも結果的には、性格に合ってるジャンルを選んだみたいですね。自分勝手な人間たちの文学だから(笑)。
僕は、アメリカ文学の動向や全体像を日本に伝えようという気はまったくありません。忠誠を寄せるのはあくまで作品ですね。本当は、いい作家でも、この本はだめだと思ったらすっとばすべき。でもその辺はなかなか難しいんですよ。
やっぱり何冊も同じ作家のものを訳していると、その作家に会って個人的なつきあいも出てくるから、「お前、次のやらないの?」と言われて「いや、ちょっとあれはつまんないから…」とは言いづらいですよね(笑)。
今までのところは幸い、僕がつきあってる作家の作品で「これはちょっとな…」というのが一作もないんです。今回は若干乗りそこなったかな、というのはありますが、そのあとちゃんと持ち返しますし、「これだけはどうしても翻訳できない」というのはないですね。
| 大学で翻訳論を教えられているそうですが、教える際に一番重点を置いていることは何でしょうか? |

句読点。テン(、)とマル(。)をもっと真剣に考えろ、と何べん言ったかわかりません。句読点が雑な人は、言葉を音楽として考えてないんですよね。
| 翻訳者に憧れている人は多いと思いますが、そういう人たちに第一線で御活躍なさっている先生から何かアドバイスをいただけますか。 |

弁護士などと違って公的な資格試験があるわけではないので、翻訳者になる道、というのが不明瞭なのがつらいところですが、とにかくたくさん本を読んで、映画を見て、知識と語学力を身につけておくことだと思います。といっても、好きでもないものを苦行みたいにして頑張って読んでも身に付かないので、好きなものにのめり込むのがいいと思います。

「遊びである」「楽器を演奏するようなものである(その場合、原書は楽譜に相当する)」といった言葉が思いつきます。英語でいえばどっちも "play" ですしね。
| 取材・編集協力: |
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東京大学文学部教授、英語英米文学専攻。1954年東京生まれ。著書に『アメリカ文学のレッスン』(講談社現代新書)、『愛の見切り発車』(新潮文庫)、『生半可版 英米小説演習』(研究社)、村上春樹との共著に『翻訳夜話』『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』(文春新書)などがある。主な訳書に『幽霊たち』『ムーン・パレス』『リヴァイアサン』(以上ポール・オースター著/新潮文庫)『舞踏会へ向かう三人の農夫』(リチャード・パワーズ著/みすず書房)、『シカゴ育ち』(スチュアート・ダイベック著/白水Uブックス)、主な編訳書に『夜の姉妹団』(朝日文庫)、『僕の恋、僕の傘』(角川書店)などがある。
最近では、ロジャー・パルバース『五行でわかる日本文学』(研究社)でリメリック(滑稽五行詩)の翻訳、またベン・カッチャー『ジュリアス・クニップル、街を行く』(新書館)で漫画の翻訳、と小説以外にも手を染めている。 |


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『ジュリアス・クニップル、街を行く』
ベン・カッチャー 著 柴田元幸 訳(新書館/定価2,520円)
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